2016年09月11日

山梨へ行く。

 土曜日は、研磨し終わった御刀を御納めするべく山梨県の刀匠の所へ出かけました。
 以前一度、こちらにも来てくれたので返礼の意味合いも有りますし、どの様な場所か興味も有りましたので行って来た次第です。

 山梨へは車で約4時間ほど掛かりました。
 山梨は盆地ですが、周りの山々が関市辺りより一段と高く雄大な景色でした。
 刀匠の鍛錬場は中々の山の奥まった所では有りましたが、この様な場所の方が鍛錬するには良い場所だと思いました。刀匠は作業場は火も使いますし音も出ますから場所選びも大変だと思います。
 御刀は無事に納める事が出来ました。
 今回は差し込み研ぎで仕上げて自画自賛する訳では無いのですが、中々良く仕上がったと思いますし、作刀自体も高水準に達していると思います。
 作品は、また別に御紹介します
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 さて、午前中に刀匠宅に行きましたので午後は折角なので山梨県の甲府周辺の城や名跡巡りしてみました。
 時間が限れているので駆け足に成りました。
 最初は甲府城に行きました。
 所々改変はされていますが、遺構の保存は良く石垣が高く見応えが有り行って良かったです
 現在は堀が埋まっているので道からいきなり石垣が立ち上がっている感じです。
 
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 その跡は武田神社、武田信玄の居館跡の躑躅ヶ崎館跡に行きました。
 平城の中世風の居館ですが、扇状地を登った所に有り背後には詰めの城、要害山城も控えていて守りは堅い城です。
 武田信玄の時代から後は、織田、徳川、豊臣の系統の大名が支配して拡張や補強もしているので全てが信玄時代の遺構では無い様ですが、こちらも遺構の保存整備状況は良く楽しめます。
 堀の深さは圧倒的です。
 宝物館には、重文の一文字太刀や風林火山の旗なども展示されています。
 
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 その後は、信玄墓所やドラマの真田丸でも少し登場した新府城に行きました。
 新府城は夕方と言う事も有りましたが、周りに民家も無いですし、人気も無く何とも言えない妖気の漂う様な場所で、しかも蚊がやたらと多いので早々に退散しました。
 後で調べたら結構有名な心霊スポットらしいです。。

 と言う訳で色々散策して帰って来ました。
 無事に納品も出来ましたし、中々行く機会の無い山梨県にも行けて良かったです。
 
 
 
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2016年09月06日

見学会終わる。

 日曜日に行いました岐阜市歴史博物館と関市伝承館の見学会は、10名の参加を頂き(私を含めると11名)無事に終了しました。
 私の思い付きの企画に遠い所から参加して下さり感謝です

 当日は、岐阜市歴史博物館の中を見学して関市でうな丼の昼食、フェザーミュージアムを見て伝承館で鍛錬の見学などしました。
 伝承館ではタイミング良く、最近再発見された元重の太刀が展示して有りました。
 この太刀は、押形では知られていた様ですが本歌が世に出るのは久しぶりの事の様です。
 関市で購入予定だそうで、銘を含めて研究が進めば良いですね。

 刀剣は、実際に鑑賞会で手に取って見るか、刀屋さんで購入するのが一番良い鑑賞法ですが、いきなりそこまでは敷居が高く感じてしまうと思いますし若い人では経済的な事情も含めて余計にそう思われると思います。
 最近は、ネットを通じてオフ会なども開催されていますので、刀剣に興味の有る方はそこを入り口にしてみるのも良いかも知れません。
 最初は緊張するかも知れませんが、SNSなどを通じて交流して行けば趣味の輪も広がって行くかと思います。
 
 この様な情報は、Twitterの刀ネコと言うアカウントやFacebookの刀剣ネットコミュニティなどのページで得られますし、リンクしている「悠樂菴倶楽部「日本刀の世界」でも企画されているので御参考にして下さい
 
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2016年09月01日

岐阜の見学会に付いて。

 岐阜市、関市での刀剣の見学会は参加予定の方が10名ぐらいに成りました。
 取り敢えずは土曜日ぐらいまでは募集していますので御問い合わせ下さい。
 車での御送りは枠が有るので無理な場合も有りますので御了承下さい。
 
 予定としましては、10時少し過ぎぐらいに岐阜市歴史博物館に入場。
 刀剣展示辺りは一緒に見学して、後は博物館の中、岐阜公園内含めて自由行動にして、12時に歴史博物館前に集合。
 駐車場まで移動して関市には1時ぐらいに着いて昼食。
 2時ぐらいに移動して、2時半から鍛錬の公開と技能の公開を見る。伝承館の中を見学して解散。伝承館の開館が4時半までなので、それぐらいに終了します。
 
 と言う様な流れで行いたいと思います。あくまで予定なので、その時々の状況で変化する場合も有ります。

 関市からは、高速バスと言うのが名古屋まで出て居ますので直接名古屋に出れますし、岐阜市から東海道線に乗りたい、と言う方がいましたら岐阜市までは御送りします。
 
 
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2016年08月25日

見学会に付いて。

 9月3日に予定していた名古屋周辺の刀剣見学会は人数が集まりませんでしたので中止致します。

 岐阜市、関市の方は予定通り行います。
 申し込みは予定日前日まで行いますが、車での相乗り送迎は、殆ど空きが無く成っています。
 そちらを御希望の方は早めに御連絡下さい。
 宜しくお願いします。

   メール onkatana@d6.dion.ne.jp

刀剣研師 平井隆守
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2016年07月27日

刀剣見学会、開催の御知らせ。

 9月4日に岐阜市歴史博物館の特別展に合わせて見学会を行いと思います。
 刀剣類も国宝や名物の展示が有る様です。
 企画倒れに成らない様にご協力頂けると幸いです

 9月4日は、
 B午前中10時から岐阜市歴史博物館の特別展、及び岐阜公園内の散策。
 「豊臣から徳川へ」包丁正宗、山姥切長義など展示予定 
 http://www.rekihaku.gifu.gifu.jp/tenrankai/2016toyotomi/toyotomi2016.html
 C午後からは関市伝承館に移動して、日本刀鍛錬などの見学をしたいと思います。
 岐阜市から関市への移動は車移動がベストですので、車に相乗り差せて頂ける方募集致します。
 無理な場合は、バス移動に成ります。

 電車で御越し下さる方も、要らぬお気遣いは無用ですのでお気楽にご参加下さい

 参加希望の方は、下記のアドレスにメールを下さい。
 御自身の住所などは御書きに成らなくて結構です。また、本名以外、ハンドルネームで申し込んで頂いても良いです。
 メールが届きましたら返信致しますが、返信が来ない場合は再度御連絡下さい。
onkatana@d6.dion.ne.jp 
 ブログ横のメールアドレスから送信して頂いても結構ですし、ホームページからメール送信して頂いても結構です。http://www.katanatogi.com/
 宜しくお願いします。

 主催者は、御刀研磨処楽屋 平井隆守 です。プロフィール等はホームページを御参考に。
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2016年07月23日

過去の記事。。

 ブログにはアクセスの有ったページを表示してくれるアクセス解析が有るのですが、今でもクロの日記を見てくれている人が居て嬉しいです
 記事を見ると昔の写真も載っているので懐かしい気分に成ります。
 クロと言うのは家に以前居た黒猫の事です。ちなみにチコと言う虎猫も居たのですが、このブログ開設前に亡く成ってしまっていて画像が無くて残念です。
 ブログのプロフィールの所にちょこっと載っています。猫同士は仲良し、と言う訳でも無く付かず離れずの関係ぐらいで、クロが寄って行くとチコがドツクのが定番のパターンでした
 まあ、それでも同じ場所で寝そべっていたり、追い掛けっこしたり取っ組み合いしてもケガする様な事も無く、それなりの関係性は出来て居たのかも知れないです。
 チコが居なくなった時には、何時もハイテンションのクロもしばらく静かにしていました。
 何となく分かったのかも知れないですね
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2016年07月19日

富山へ。

 土曜日、日曜日と富山市に行って来ました。
 目的は二つ有り、御客様の研磨終了した御刀を納める事と富山市で行われる刀剣鑑賞大会に参加する事です。
 まずは、午前中御客様の所に御納めに御伺いしました。
 大変に歓迎して下さり、御土産にお酒まで頂いてしまい返ってお気を使わせてしまったかも知れず恐縮でした。

 その後は刀剣鑑賞大会に参加しました。
 私は、何度か参加している刀剣オフ会ぐらいの会かと思っていたのですが、刀剣協会の地方大会ぐらいの規模の大きな大会で、協会の会長、理事、支部長、無鑑査の先生方も参加されていて、お気楽に参加してしまっていたのでちょっとビックリしてしまいました
 鑑賞刀は40振りぐらいあり、参加者は140名ぐらいとの事でした。

 夕方からは、懇親会が有り、こちらも大変に盛況でした。
 この会には、刀ネットコミュニティからの参加者も20名ぐらい有り、これは兎角敷居が高く成りがちな鑑賞大会に於いては画期的な事です。
 その後は、場所を移しネットコミュニティの方々と二次会など有り楽しい時を過ごしました。
 この刀コミュニティは、Twitterの刀ネコ、フェイスブック刀剣ネットコミュニティで検索して、参加してみて下さい。刀の鑑賞に興味が有っても入り口が分からない方には、良い入り口に成ると思います

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 さてお酒を呑んだので泊まりに成り、次の日は富山市に出来た、秋水美術館の見学に行きました。
 この美術館は富山の収集家の方のコレクションを展示する美術館ですが、重要文化財数振りを含む刀剣のコレクションとしては日本有数の美術館です。
 最新の設備ですので照明も良く、また刀剣類も古研ぎは殆ど無く綺麗に研磨されてある刀剣ばかりですので、とても鑑賞し易いです。
 その後は、富山城やら富山市を少し観光しましたが、ネットコミュニティの女性の方々とでしたので楽しかったです(笑)

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2016年07月08日

ディアハンター。

 映画、ディアハンターの監督マイケルチミノが亡く成ったそうで。。
 この監督は、ディアハンターがアカデミー賞を獲得して映画界の頂点に立ったのだが、その次に撮った天国の門、と言う映画が悪評にさらされ興業的にも大失敗、映画会社は倒産してしまい長らく映画界を追放されてしまいその後復活はしたものの最後まで大成功と言うほどの映画は作れなかった悲運の人で有ります

 天国の門は、アメリカで受ける様な話でも無くその上監督の個人的浪費が有ったとか、映画が制作中からゴシップを流されてしまい公開前から駄作のレッテルが貼られてしまった様で、これまた不当に低い評価をされてしまっている不運の映画です。
 しかし実際はとても素晴らしい映画で、美しい撮影、豪華なセットと壮大なストーリーの叙事詩的な大作で本来なら映画史に残る傑作だと思います。
 どちらかと言うと、ディアハンターの方が最初の方の長い結婚式のシーンを見て居ると眠く成ったり心が折れてしまい、それ程の傑作かな、と言う気がします

 ただ、このディアハンターの冒頭で流れるテーマ音楽は、とても素晴らしく一番好きな映画音楽です。

 ユーチューブのURLを載せてます。画像を貼り付けると著作権やら有るみたいなので興味の有る方は自分で見て下さい
 https://www.youtube.com/watch?v=M_8d0DJpbBI
 
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2016年06月29日

色々。

 7月3日は関市伝承館で公開鍛錬などが有ります。
 興味の有る方は御見学下さい。関市伝承館

 さて昨日は作業も一段落したので色々雑事やらして来た。
 午前中は伝承館で刀剣の手入れが有り、現代刀が多かったので結構重量が有り数も多かったので結構腕が疲れた
 
 その後は岐阜市の刀剣店に金具を買いに行った。今まで一度も行った事が無い店だったが、そこの指定の金具で拵え制作を、と言う御依頼が有り行って来た。
 どんな店かと思ったら極普通の民家だったが、金具は在庫が有り無事に購入できた。
 
 折角岐阜市まで来たので見逃していた映画を見る事にした。
 昼間から道楽みたいで申し訳無いのですが、今週は日曜日も作業しましたので
 スポットライト、と言う今年のアカデミー賞を獲った映画です。
 昨今はSFとかで無くてもCGや凝った編集の映画が多いですが、これは正攻法の映画です。
 主題に沿って無駄の無いストーリーで、唐突な恋愛シーンや家族シーンが無いのも好印象です。
 話は、日本人には少々馴染みの無い事柄ですが、最近のアカデミー賞はアメリカの闇を描く様なのが流行りなのでしょうか
 ハリウッドにはユダヤ人が多いそうなので、この手の主題は待ってました、と言う感じなのでしょうか。
 映画の良し悪しの判断は、それぞれの人が見て決める事です。
 バットマンぐらいしか代表作が無かったマイケルキートンは、昨年のアカデミー賞に引き続きの主演で大活躍です。
posted by 楽屋 at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

大阪刀剣鑑賞オフ会に行く。

 先週、土曜日は大阪まで刀剣鑑賞オフ会に参加すべく出掛けてきました。
 
 実際の刀剣の鑑賞や、職方の実演説明が有り、参加者も多く中々盛況でした。
 私も、何時もお客さんでは申し訳無いので、砥石やら道具類を持参して少し説明をしたりしました。
 
 この様な会の情報は、Twitter内の「刀ネコ」と言うアカウントで見れますので、興味の有る方は見て下さい。初歩向けの会なので、刀の知識が無くても大丈夫です

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 さて、次の日は折角関西まで来たので姫路まで足を延ばして姫路城に行って来ました。
 城好き、と言っている割には超メジャー級の姫路城は初めてでお恥ずかしいです
 姫路城は、やはり日本一のお城で天守閣が山の上に有りますから実際の高さより巨大に見えますし、どの方向から見ても絵に成る城です。
 出来たら、時間を掛けて堀の周りなども廻ってみたいですね。

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 その後は時間に無理が有りましたが、奈良まで言って東大寺を参拝してきました。 
 奈良は何度も行ったのですが、東大寺には縁が無く今回初めて訪れる事が出来て良かったです。
 奈良の施設は夕方閉まってしまうので滞在時間は一時間でした
 まあ、日曜日の観光客の一杯の所にお一人様は多少バツが悪かったのですが、二か所とも念願叶って見る事が出来て良かったです。
 しかし、奈良からの帰り道は疲れました。。

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2016年06月06日

伏屋城跡。

 岐阜県岐南町伏屋に有る、伏屋城跡に行きました。分かり難い場所ですが諏訪神社と言う小さな神社の近くの竹藪が目印です。看板が建っていますが、周りは住宅地なので散策の際は注意が必要です。現在は住宅地ですが用水路が沢山あるので昔は水田だったのではと思います。戦国時代には木曽川沿いの中州か湿地の様な場所だったのではと思います。
 
 ここは、あまり知られていませんが豊臣秀吉の一夜城伝説の有る場所です。
 墨俣一夜城が有名ですが、墨俣には模擬天守が建って観光地としていますが確たる遺跡は有りませんが、こちらには土塁が一部残っています。
 場所的にも、墨俣は岐阜城から距離が遠くそれ程の脅威に成るとは思われないのですが、こちらは直線で5〜6キロ程で、岐阜城も良く見えますし岐阜城からも、ここに城を作っていたら直ぐに発見出来る正に喉元と言う場所です。
 
 当時は木曽川の流路が今とは違っていて、今は境川と言う小さな流れに成って居る場所が本流だったらしく、川に筏を流して築城したと言う伝説も納得出来ます。
 想像ですが、太閤記などが江戸時代に書かれた折りに墨俣と伏屋の伝説が入れ替わってしまい、墨俣の方が有名に成ってしまったのではと思います。
 
 一応史跡には成っていますが、住宅地の中の竹藪の中にヒッソリと土塁の一部がL字形に残っています。
 少し地面が凹んでいる部分が有り、もしかしたら堀の跡かも知れませんが草が生えていますし、家も建て込んでいるので良く分かりません。
 しかし、この様な場所で遺跡が残っているのは奇跡的な事だと思います。
 これ以上開発されたり破壊されたりしないで長く保存して貰いたいと思います
 
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posted by 楽屋 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月03日

天然砥の事。

 ここ数日は金剛砥の砥目を取るべく備水砥の作業を行っています。
 しかし、備水砥として販売している砥石では目が細かく中々金剛砥の砥目は取れないので、一段階粗めの備水砥特級品やセラミック系の砥石を使う。
 昨今は、便利な砥石も有るので使える物は積極的に導入します
 
 戦前までは、金剛砥もあまり質が良く無かったせいか使われず天然の荒砥を使って居いて、金剛砥を使う研ぎ師は軍刀研ぎと言われて批判されたらしいが、今は金剛砥の質も向上していますし、天然の荒砥自体の採掘が殆ど無いので、天然の荒砥で刀を研ぐ研ぎ師はほぼ居ないと思います(居るかも知れないけど。。)

 天然の荒砥は、粘土分が多くドロドロしている上に粗さも均一で無く、砥石の中に硬い異分子が混在していて扱いにくく、その様な砥石を使うと次の備水砥で砥目が取れず大変な事に成ってしまい、また刀も余計に研ぎ減らす事に成ってしまいます。
 
 天然砥信奉も有りますが、荒い方の砥石の場合は次の工程で砥石目を全て取り除いてしまう訳ですから、天然砥だろうが人造砥だろうが変わり有りません。天然の荒砥を使ったから仕上げの冴えが違う等と言う事は有りません(内曇砥、鳴滝砥などは天然砥しか無いので別です。また細名倉に付いては、天然砥と人造砥と差が出るか、まだハッキリとした結論には至って居ません)。
 非科学的で根拠の無い精神論の様な事に捕らわれていては正確な作業は出来ないと思います。
 趣味なら幾ら時間を掛け様が構わないのでしょうが、仕事としてやる以上、効率を考えて作業をするのは当たり前の事です。
 それが、刀を余計に減らさない正確な作業に繋がると思います
posted by 楽屋 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本刀研磨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月22日

研磨の御依頼。

 研磨の御依頼、御見積もりは御気軽に御問い合わせ下さい。
 宜しく御願いを致します。
posted by 楽屋 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月06日

椎倉城

 関市に有る椎倉城を御紹介します。
 なぜに紹介するかと言いますと、このお城、美濃の城、と言う本に記事が出ている以外、ネットで検索しても画像も出てきませんし場所も良く分からない城で、多分画像を載せればネット初だと思われるからです。
 まあ、検索する人も殆ど居ないとは思いますが
 
 椎倉城は、信長の美濃攻略に備えて中濃地方の全線基地として斎藤氏によって造られた城です。
 確かに今でも山の直ぐ近くを高速道路が走っていて交通の要衝と言う事が分かる場所です。
 ただ、城と言っても臨時に造られた砦と言う感じで、しかも廃城に成ってから400年以上整備もされておらず、また訪れる人も稀なので道も定かでは有りません。

 しくらトンネルと言う所の上の山と言う事は聞いたので、林道を少し進み、山に入る道は無さそうなので適当な場所から山頂を目指して登りました。
 道無き道と言うか、山の斜面を登るのはかなり大変で少し滑落の危険も感じました。
 取り敢えず進んでいくと鉄塔が有り、どうやらその先の山の上が城跡らしい感じがするので登りました。
 
 山頂は人工的に平地にした痕跡と、水を貯めた貯水池が有り、この池がこの城の一番の見所です。周りを探索して見ると土塁らしきものと、わずかな石積みが見られました。
 人工的に造られた城には間違い無く城跡に辿り付く事が出来て良かったです

 帰りは、美濃の城、に記してある大手道らしき所を下った所、道は定かでは無いのですが行きよりは大分楽に下りられました。
 行く事は、あまり御勧めとは言え無いのですが御参考になれば幸いです。

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 大手道。大きな石が行く手を塞ぐ形で、往時は石を回り込み感じで道が付いて居たのではと思われます。

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 雨水を貯めた池。地面を掘り込んで縁を土塁で固めて有る。池の端と掘り切りらしく窪地を挟んで土橋が有る。そこを渡ると二の丸で土塁状の高まりの上が本丸らしい。

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 本丸に有る石積み。当時はもう少し沢山石積みが有ったのかも知れないが今見えているのはこれぐらい。
 本丸を下った所にも曲輪が有るらしいが木が生えているので良く分からない。
 
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 縄張り図。
 
 
 
posted by 楽屋 at 00:22| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月01日

再刃の事。

 焼が無く成ってしまっている刀身に再刃と言って焼の入れ直しが可能と思われる向きが有りますが、再刃をする際は土を置くために刀身に荒砥を掛けますし、焼を入れた後は焼けた表面を取らないと行けないので更に荒砥を掛ける為、刀身自体がそれなりに減る事に成り、かなり健全な状態の刀身で無いと再刃は難しいです。
 
 それと再刃自体が難しい作業の為、失敗も起こり得ますから、あまり簡単には御勧め出来ない作業です。
 古い刀で再刃されていると思われる刀も有ります。特徴としては刀工の本来の作風と合わないとか、ハバキ元に水影と言う映り風のものが出たりします。
 また、茎も焼かれるので錆色が変色したり荒れたりします。
 ただ、再はした後に茎を擦り上げてしまうと、茎の錆色の変化や水影は分からなく成ってしまうので、古い刀身の焼き直しは有無は、ハッキリと分からない場合も有り得ます。
 
 良く知られた所では越前康継が、家康の命で大阪城落城の際に焼身に成った名刀の焼き直しを多数していますが、世に知られた名刀の焼き直しは、さぞ神経を研ぎ減らす作業だったと思われますが見事に遣り遂げている所を見ても康継の高い技量が想像出来ますし、更にそれを行う相当の胆力の持ち主だったのだな、と思い感心します。
posted by 楽屋 at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本刀研磨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする